昭和44年12月23日 月次祭
いよいよ、お月次祭といたしましては、今年最後のお月次祭を奉仕さして頂いたわけでございます。考えますと、一年間、たいへんなおかげを受けてきたもんだと。あまりにも広大なおかげを頂いてまいっとりますので、自分の信心が、いよいよこう、おかげに対象いたしまして、あまりにもお粗末で、あまりにも小さくて、おかげの為にへとへとしておる、といったような状態が、現在私の状態だと思うのです。
おかげが頂ける。言わば、おかげの頂き過ぎといったような、ね。例えば、十八日にお月次祭をあのように盛大におかげを頂いて。報徳祭の今度の前夜祭なんかは、いつもに、前夜祭とは違った、あんな賑やかなお祭りでございましたでしょう。ね。そして、あのご大祭。
ご大祭なんかでも、お米をまだ十俵ばっか出さなきゃならなかったんですけれど、人間心使うてから、お金でお供えさして頂いた。というほどしにですね、ほんとにおかげの頂き過ぎ。そして、また、この23日の、今晩の月次祭を拝まして頂きますと、またまた、「ほう、これどっから送って来たっちゃの。これどっから来た」っち、先ほど私、神饌室に入ってから一遍聞きました。
「これは青森から送って来ました」「これは伊万里からです」「これは神戸から送って来ました」といったようなお供えで、またあのようにいっぱいです。まあ私は、そのお供えの事だけをおかげというわけじゃないですけれども、そのお供え、形に現われておるそういうおかげというものがですよ。ね。こらもう、一事が万事の上においてもおかげを受けてきておると。ね。
例えば、最近のことを申しましてもです、25万円もする着物を頂いた。ね。100万も積んだろうかといったようなジュウタンを頂いたり、もうとにかく、まあそういうおかげにですね、調子にのるどころか、何かそういうおかげが、もう重すぎてへとへとしておるといったような状態なんで。「神様、どういうようなご都合で、このようなおかげを下さるのだろうか」と思うくらい。ね。
そこで、後残り少のうなりました、まあ一週間あまりをです、ね。ほんとに、どのような、信心をもって締めくくらせて頂こうか。そしてまた、迎える新しい、45年の新年を迎えるにあたっての心構えを、その事から頂かせて頂こうとまあ思うのでございますけれども。ね。
最近私、これはもう実感する事なんですけれども、私は、これ近い内に死ぬんじゃなかろうかという気がするんです。ね。というのは、まあいろいろ思い当たるふしがあるんです。こんなことは、例えばもう先生が死んだ後にしか、だいたいはするこっちゃないといったようなことがです、できてい行くわけですよね。これは、先生がだいたい、これは亡くならなければ、こういうものはできんといったようなものができて行く。
久留米からも、久富さんが、私が、今まで神様に頂いたものを、頂いたままをそのまま、そこにある紙切れに、そこにある書き物で、鉛筆で書いてあるものありゃ、ペンで書いとるものもありゃ、墨で書いとるともある。もうその場その場で、ちょっと私がメモしておる、メモしておったそういう物が残っておって、それをあっちこっちから探し出してそれを、四冊の大きなアルバムに一枚一枚丹念に、こう貼られて。それを見せて頂いてから、はあ、ほんとに神様に頂いておったどれもこれも有り難い、しかも懐かしい。ほんにこういうこと頂いたことだった、こういう時には、こういう自分の信心だった、といったようなことを、それまあ、回顧さして頂くわけでございますが。
そういうようなことでも私、それ、「これあんた、こげなこと覚えておったら、これ死ぬとかもしれんばい。こげんとば作るってなんて」といったようなですね、その、感じがするんですよ。ね。
いわゆる、その事なんかに、その事につきましてはです、これはいくら、まあだ死なれんと言うったっちゃですね、これは神様が、お引き取り下さりゃ、まあいつでも、それを(いなごう?)言うわけにはいかんのですからね。ね。
けれど、今朝あたりの御理解を頂いておりますとです、御理解17節(16節のこと)ですかね。『無常の風は時を嫌わぬというが、金光大神の道は、無常の風が時を嫌うぞ』と仰っておられる。ね。
今日は、御理解100節の御理解でした。ね。『祝いめでたの若松様よ枝も栄る葉も茂るというではないか。生神金光大神は子孫繁盛家繁盛の道を教えるのじゃ』と。そういう道を教えるのじゃ。
99節に、ね。「無学で人が助からんということはない」ね、「学問はあっても」ね、「学者が身を食うということがある」ね。此の方は無学でも人が助かっておると。ね。心に真がなからなければ、人は助からんと教えておられます。その99節と17節(16節)の「無常の風」というあの御理解とを引用して、今日は、ほのとに有り難い御理解を頂いた。
誰でも子孫繁盛家繁盛の願いを持たない者はありません。ね。例えば、「無常の風」の御理解を頂きましてもです、普通で言うならば、「無常の風は時を嫌わんというが、金光大神の道は無常の風が時を嫌わす」と仰られるということは、ね。無い寿命でも頂けるということなんだ。ね。どのように、もうあなたは、ね。一生を貧乏して暮らさなければならない難儀な運命下にあると、運命の下にあるというてもです、ね。
例えば、「無常の風が時を嫌わす」と仰るのですから、そういう運命の下にある人でも、百万長者になれれる道だと。そこんところにはっきり、「金光大神の道は」と言うておられます。私はそこんところを今日は、ほんとに、まあ始めて頂く思い、また、今日のような表現では始めてでした。
「金光大神の道」というのは、そういう道なのだと。99節に頂きますそれもそうである。ね。「無学で人が助からぬということはない」ということは、学問があれば助からんというのじゃない、学問があった上に、力がある上に、真があれば鬼に金棒ということでございましょうけれど。ね。学問があるということは、学問だけのことじゃない。
財産がある為に、健康がある為に、健康である為に、健康が身を食うということも言えるのである。ね。財産がある為に、財産が身を食う、家を食うということがあるんでございます。ね。
学が身を食うということは、それは学だけのことじゃなくて、財産とか、または健康。まだ他にもいろいろありましょう。特別の才能、特別な、言わば技術と言うか、ね。人の持たない天才的なものを持っておることが、かえってその人の、を身を食う身を食うといったようなことになることを、今日私は頂きます、その中から。ね。
ですから、どうでも私どもがです、ね、金光大神の道におるということ。ね。この方は家繁盛子孫繁盛の道を教えるのじゃと教えて下さるのですから、どうでもその道を体得させて頂かなければならない。ね。
( ? )の書いておられるものの、いわゆる良い言葉の中に、ね。「この道より、他にわれを生かす道はない。この道を行く」という言葉があります。この道よりわれを生かす道はない。ね、だからこの道を行くんだと。
私は、今日の朝の御理解頂きよってですね、いわゆる、この道、「金光大神の道」と、いわゆるこの道なんですね。私どもで言うならばそうなんです。金光大神の道によらなければ、人間は幸せになれないのだと。その道は、金光大神が、ね、それは子孫にも、うん、身の上にも家の上にも繁盛していく道を教えるのじゃ、とこう教えておられます。ね。ですから、その道の体得ということ。また、その道、この道より他にないと。この道より自分が行く道はないという、いわゆる思い込みはですね、もう金光様の信心は、私どもが、止められはせんというような意味のことじゃないのです。ね。
子供にも孫にもこの有り難い道を伝えて行こうと、と思うとるというようなもんじゃないです。信心するなら金光様の信心。いや、金光様の信心からは外れられないといったようなことではないのです。ね。金光大神の道を会得し、体得するということ。以外にはないという思い込みである、という分からせられ方なのである。ね。
そこで今朝から、私はその事をです、ね。楽器、楽器の調子を分かるというような意味のことから、その例をとらして頂いた。ね。
例えば三味線のお稽古をする。ね。まあ、いくつか上がる。だから、家で帰ってまたおさらいをしてみろうと思うけれども、どっこい、三味線の方が調子が合ってない。ね。それではひとつのリズムにならないのである。
そこで、例えば稽古をさせて頂くということは、ね。私は、せめてここまではと、ね、教師の分かるところまでは。お互い、これは楽器だけではありませんがです、信心もです、頂いておきたいということです。ね。
今朝から、そんなお話は、もうほんとに、ある意味で噛んで含めるように頂いたつもりであった。ところが幾人もの人が、「先生、今日のあの御教えの中心になるようなところは、確かに調子を、信心の調子を自分で体得するというところにあったように思いますけれども、信心の調子を分かるということはどういうことでしょうか」というようなお伺いが何人もあった。
原さんも、今日、今朝の御理解頂いてから、「こういうこっじゃなかじゃろうかと思う」と言うて、その、光橋先生に話したところが。三橋先生が「私はね、安心のおかげを頂くということだと思う」とこう言われた。ね。
信心の調子を体得するということは、例えば心が乱れる、ね。言うなら、様々なおかげの受けにくい心の状態というものがです、ね。不安であったり、イライラしたり、腹が立ったり、情けなかったり。これは、心が乱れておる。言わば調子が乱れておるのである。だから、人間ですから、様々な時にです、とっさにやはり乱れますけれども、乱れますけれども、その乱れた調子をまた信心の、言わば元の調子に合わせられれるだけのおかげを頂かなきゃならん。
調子というのは、教えられるのじゃない。ね。信心を、こうして御教えを一生懸命説いておると同時に、信心を教えておるわけですけれども。その信心の調子というものをです、日常生活の中から、その調子というものを得とくするということは、「さあ、これが二上がりよ、これが三下がりだよ」と、お師匠さんがいくら教えて下さったって分からんのが調子なんだ。
「そらぁあんた違うが。ほら、二分上げにゃ、三分上げにゃ」と言われてようやく、まあ合うくらいのこと。ね。なかなか、調子というものは教えられない。だから、これは自分での体得なんだ。うん。自分が、これは、いわゆるその、体得しなければできないことなのです。信心の調子もやっぱり同じこと。ね。
「大船に乗った気持ちでおりなさい」と例えば言われてもです、やはり不安である。やはり何と言うても、自分の心の調子というものを整える、整えなければできない。ね。それは、体得である。んなら、何十年お参りをしておるから、それが会得できるかというと、決してそうじゃない。ね。
だから、そういう意味でですね、金光様のご信心が止められんというのでは、つまらん。調子を体得して、まあ言うなら、ね。無常の風が、まあ時を嫌わんというが、「金光大神の道は」と仰る。金光大神の道を体得する。ね。金光大神の道を体得する。金光大神が家繁盛子孫繁盛の道を教えると仰るから、家繁盛子孫繁盛の道を体得する。ね。
その道をね、体得せずして、もし健康であっても、財産ができても、ね。道を体得せずに頭が良かっても、これは必ず身を食うことになりましょう。多くの金光様のご信心を頂いて、たくさんおかげを頂いた人達が、子にも孫にも伝える事ができない。ただそれは、目先目先のおかげを頂いて繁盛しておったというだけにすぎんのだからだろうです。ね。
金光大神の道を会得して、金光大神の道を会得して、家繁盛子孫繁盛の道を分からしてもらって、そして、繁盛したもの。健康になったのならば、その健康がその繁盛が、いよいよ、家繁盛子孫繁盛に繋がっていくおかげになると確信ができる。ね。
今朝私が( ? )難しく、まだいろいろそのことについては、たいへん詳しゅう説明がしてありますから。できたらまた後で昼の御理解頂かれるといいね。
そこで、まあ私が先ほどから申しておりますように、どうも私はこりゃ、死にゃせんだろうかと自分で思う。体も調子が良くないし、同時に、周囲に起きて来る、いろいろな、まああれもそういうことのことかもしれん。ね。
で、私そのことを神様にお願いさして頂いた。そしたらね、まあ、こういう御理解を頂いた。★あの「松」という字のね、あの木偏のところをこう薄く消して行かれるところを頂いてからの御理解だった。御心眼に頂いた。ね。
より大きなね、御用に立たせて頂くという願いを持てという意味であった。『より大きな、より広い、意味においての御用にお使い回しを下さいと願え』ということであった。そこから、私の心の中に、大きくお役に立ちたい、もっと広く御用に使うて頂きたいという願いが、さらな思いで祈られてまいりましたら、これは、また、おかげを頂いて、長生きのおかげを頂くな、というような気が、またさして頂いておる。ね。
ほんとうの意味においての神様がお喜び頂けれる御用に、ね。お役に立たせて頂く私にならして下さい。ね。自分だけの事以外に(一歩も?)、今日も私、北野の中村さんにお話したことでした。
今度の報徳祭に中村さんが参りよったのが、私はひどかったっち、ちから、秋山さんに話した時、秋山さんがそれを話された。「もうあんた今度の御本部参拝しよった時、親先生が、とてもイラだっちゃったよ」ち言うた。「もう親先生ばっかりは、もう私をいつまでも( ? )ごと思ちから、そげなこと言いなさる」ちから言うたというて、今日言われる。
「もう私いくつになると思いよるの。そげなことをもう、この三月、どうして御本部参拝ができる。まあ、春やら四月、春や四月十月のご大祭なら別として。十二月の報徳際まではとてもお参りはできん。もう親先生は、私は若い女だと思うて」ちゅうて、まあ申しましたけれども、よくよく考えてもらいよりましたら、ね。親先生がそう言うて頂くということは有り難い。だから私は申しました。ね。「なるほど、だんだん年をとって行きゃ、言わば老衰して行きますけれどもね。ね。どげん年とっても、できることが中村さんあるよ」と私は。あなた方は、特に、婦人総代としてお取立てを頂いておる。ね。毎日、総代十名の人達が、お初穂を包んで、毎日教会全般、全体の事に渡ってお取次ぎを願われる。ね。
私はおかしいことがあるんですよ。私は、その事では非常に力強いですね、やはりそういう、総代さん方の教会全般の事に渡って、また、今日はこういう会合がありますからと言うて、お届けして下さることは有り難いんですけれど。そういう事を願いながら、その事に忠実に、その事を行の上に現わさない。ね。
「さあ、今日はお月次祭ですけん、どうぞよろしゅうお願いします」といくらお願いしたって、自分が参って来ん。ね。今日は、どういうことが教会の前でありますから、と言うて、自分はただ言われとるだけ。それじゃいけんじゃない。ね。まあそら手足が動かんごとなら仕方がないけれども、今日中村さんに言うように、ね、「あんたは、ほんとに自分方のせんこと( ? )だけしかあんたお願いする( ? )」ね。
「もうあんた婦人総代の、言わば、七十いくつ、まあ言うなら、婦人総代の大将である。ね。それがもっと切実に、ね。人の助かることの為に祈りをかける。まあ、合楽全体と、あんたは、合楽の人の顔ば、ずうっとご無礼ばあったっちゃ、覚えていしまいなさい」ちゅうた、家で。
「何百人おったっちゃ、ずうっと覚えりゃ、大祓を覚えるつもりでおったら覚えられる。そして、御祈念の時に何々さん何々さんと言うて、神様にね、その人達の名前を唱えて神様に御祈念して差し上げなさい。そういう御用をさしてもらいなさい。なら、それができんなら、せめて北野のご信者さんだけぐらいなことだけは、ひとつ願わせて頂きなさい。そういうことならば、中村さん、年をとってもできようが」というて、まあ話をした。
「先生、ほんとに私はその、秋山さんそれを聞かせて頂いてから、その、また新たに元気出た」ね。「今度から親先生がお参りなさる時には、やっぱ、それこそ十二月の寒い報徳祭にでも、これからはいっちょおかげ頂きます」と言うてから、今朝帰られた。ね。
祈っておることと、私は、実際が伴わなければいけんと思うです。言うだけなら、そればっかり祈る。ね。そこのところをですね、先ほど文男先生が前講を務めて今日おりましたですね。
自分の信心が何かに直面した時、去年よりも今年と、こういうことが分からせられておるということが有り難い。ね。ご大祭の日に、おばあさんの先生方を三人、各地区地区に、お送りさせて頂いて、ね。普通ならもう、久留米の西鉄の所で皆を下ろしてそれぞれバスで帰りなさる。だから、ここでええ、ここでええってなさったけれども、もう七十いくつにもなられる、八十にもなられるおばあさん達をそれでは気の毒だと思って、まあ車に乗ってもらって、ずうっと、道の方角が違いますから、全部お送りしたという。おばあさんの先生方がたいへん喜ばれたと。
また自分もです、それだけの事をさして頂いて有り難かったとこういう意味のことを話しておりますようにですね。私は、ほんとにあの話を聞かせて頂いてから「目が粗いなぁ私どもの信心は」とこう思わしてもらうんです。何事にも信心になれよと仰る。もう大祭の時に、先生方送るとば家だけ。「もう親先生が送れっち言いなさるけん送るばってんが、うん。ほんことなら、こげなことせんでよかっちゃろうばってん」といったような、例えば思いで送っておったものがです、せっかく送るならば、この先生方が喜ばれるように、最後の最後まで真心を尽くさして頂こうとこう思うたら、先生方の喜びが返ってくる。その事がまた自分の喜びになった、という意味のことを話しておりましたですね。それだけ文男先生の信心は、去年より今年に、まあ言わば進んでおるわけです。ね。
私どもの信心がね、さあ、去年よりも今年と、どこがどれだけ新しい進み方をしただろうか。分かった事は分かったけれども、ひとつも行の上には現わしてはいない、というような信心では相済まんことだと。私どもでも、そういう充実したおかげを頂いておればです、例えばどのような場合であっても、不安な心は起こってまいりませんのですけれど。
例えば現在の私のように。あまりにも(おおきが?)おかげが花々しい。あまりにもおかげが素晴らしい。ね。そういう神様のお働きの中にあるということがです、そのおかげが、最近自分の重荷になっておるうぐらいだから、ね。ちょっと、例えばおかしなことがあるとです、すぐ「私は死ぬとじゃなかじゃろうか」といったような連想をする。ね。それがです、私は、おかげにならんもとだとこう思うです。
まあおかげを頂きまして、広く、より大きくお役に使うて頂きたいという一念をです、新たに燃やさして頂くということによって、これは、「まあだ御用済みになっておるのじゃないなぁ。まあだおかげを頂かれるなぁ」というようなものができてきた。ね。
先ほど、久留米の佐田さんが、前講を頂きながら頂かれたことがです。御心眼に★『豊』という字を頂かれて、次に次にその『豊』という字をもうたくさん、『豊、豊、豊』と頂かれたとこ。ね。もう「豊かな心」というのにはですね、もう限りがない。ね。
私は、最近、これはもう最近じゃない、そのいつも、私の所の流儀でもあるが、「言わん」ということ。私が言う時には、自分の信心が足りないから、皆さんにも手伝うてもらわんならんから。私の力だけではいかんから、私は口うるさく、まあ「ああせんね、こうせないかん。ああせないかん」というようなこともあるけれども、それとてもです、言わんで済むだけのこちらにおかげを頂かしてもろうたら有り難い。
その「豊かな心」というものがね。ある時にはそれが言わんで済む。それはどんなに目に余るようなことがあっても言わんで済む。そして祈っている。言わんで済むというだけではいけん。言わんで済むおかげを頂くと同時に、その事に対する信心修行ができて、ね。その事が祈らせて頂けて始めて、言わんで済むおかげを受けられる。
今日ある方が、ある、言うならちょっとした問題でしたけれどね。怒られなった。ね。
とにかく地主さんですから、たくさん田んぼを持っておられます。それをもう三年間も税のほうを納めない。ね。ところが共産党の方達が、その収めない人達にです、いろいろ(知恵?)を付けよるらしい、と近所の人が言うて来てくださった。だから、今のその、される前に、何とか手を打っておった方がようはなかろうか、という疑いであった。そんで神様にその事をお願いさせて頂いたらね。★『薫』という字を頂いた。『薫』草かんむりに「重なる」そして点々々ですね。
いわゆる草かんむりということは、これはまあ自然ということ。」「重」ということは、「重点」の「重」ということ。ね。自然の成り行きに重点を置く心と。点々々は心を崩したんですよね。心という字です。ね。そういうおかげを頂けということであった。ね。
そして、そういうことの例えば、言わんで済むということ。まだその事に対して、どうしなくてもです、ね。そのままに放任しておくと言うこと。それは神様にすがって、神様に願うて、ね。放任である。そこには、例えば薫ようなおかげというものが、まず心の中に頂けなければならんということ。「まあ、先生が言いなさったけんで、まあ、言わんばってん、だいたい言いたいけれども」といったようなもんじゃ薫心にはならない。ね。
はあ、ほんにそうじゃった。親先生、お取次ぎを頂いて、お願いをさして頂いておきゃ、わざわざ言うことはいらん。いやもう本当言うたらです、例えば(じょうのの、こぎりこうがまけや?)、その、同士払うまいが。もうそういうことは、まあ言うならば、もうどうでもよい、神様が下さらんもんなら頂くまいという気になるっち。任せるということはそういうことなんです。
任せとったらおかげ頂くじゃろうけん任せる、というのはね、なるほど、「神様任せになったらおかげを受けられる」と教えられますけれども、それをですね、それを私は、自分が本気で体験させて頂くことがです、ね。その事を願い、その事をすがり、その事の為に修行をすることによってです、ほんに自分のものでばしあるように、ね。もう払いなさらんなら払わんでもええ、もらわれんもんならもらわれんでもいい、という気持ち。ね。そういう気持ちが、心の調子が合うた時なんです。ね。
だから、私はそういう心の調子をね、合わせられれるところまで、ひとつお互い信心を進めたい。ね。そういう心の状態がです、やはり、心に、いわゆる薫ということは、その、臭いとは違う。ね。肥やしが薫よるとは言いませんもんね、肥やしの臭いっち言います。で臭かもんはやっぱ臭い。けれども、良いお酒のなんかはですね、「これはよか臭い」っち言わんでしょうが。「よい薫がする」と言うでしょう。ね。いわゆる花の薫である。
人間のほんとに真心と言うか、信心の薫と言うか、そういう薫が自分の心の中に漂うほどしのおかげを頂かしてもらうということ。そういう心の調子の、言わば合わせ方というようなものをです、頂きたい。ね。
いよいよ今年も、もう後一週間あまりだと。ね。ひとつそういう意味でですね、心の言わば調子の整え方、といったようなものをです、本気で稽古さしてもろうて、そら年末になりゃ忙しい。そらイライラモヤモヤあろうけれども、そういう思いしてもかまわん。けれども、その後にすぐ心の調子がです、いわゆる和賀心。
『今月今日で一心に頼めい、おかげは和賀心にあり』と仰せられる和賀心。心に薫ような喜びをです、または、そういう状態をです、頂かしてもらう稽古を本気でさせて頂いて、そして、三十一日のです、ね。昔は「大祓式」と言うておった。いわゆる「除夜祭」である。をです、一年の信心の締めくくり、締めくくる。
私は今度は、形や物じゃなくて、私どもが一年間に頂いてまいりました信心をです、おかげでこのような、言わば調子が心に現わせれる。合わせられる。ね。おかげを頂いたことです、お礼としてです、私は、この三十一日の除夜祭に皆さんが臨んで頂きたいとこう思います。ね。
そして、まあ振り返ってみればです、あれもお粗末であったろう。これもご無礼であったろうというところを心ゆくまでお詫びをさせて頂いて、ね。お礼とお詫びが、ほんとに有り難いようになってきて、ね。そういう心の状態で新たな年を迎えさせて頂こうと。神様に対して、何を持ってお礼とするか。
一年間、ね、より明るくにこやかに、ね。私どもが、精進してきたがです、どれだけの実績が信心の上に現わされたか。ね。遅まきながら、後何日間ではあっても、もう十分そのへんのところは習いに習ってきたことであるから、そこんところを目細う日々の生活の中に、ね、どのような場合でも、有り難いというところに調子が合うような、心に薫ようなものを感じれれる常態をです、ね、頂かしてもろうた、ここんところの会得ができたということをです、ひとつ本年の信心のお礼にさして頂きたい、ね。
また、振り返れば、詫びることは限りがない。その限りのないことを、心ゆくまでお詫びをさして頂くお祭りにしたい。そして、新たな元旦祭を迎えたい。新たな年を迎えたい。ね。でないとですよね、何か汚れたままお正月が来るようなこと感じます。スッキリせんまま、おめでとうざいますが言いにくい。そういう心の状態でです、私は、「明けましておめでとう」が言えれる信心を頂きたい。ね。
来年こそはいよいよ、私が最近申しておりますように、ほんとに人の幸福の為に、世のお役に立つことの為に、私どものささやかな信心が奉仕されるおかげを頂きたい。それはお年寄りの方でも、中村さんに私が申しましたように、総代として、合楽の総代さんば把握しとかにゃいつも。皆知っとかにゃ、新しい信者さんが見えたら、それをちょいと名前をひとつ心の中に掛け覚えて、それをたとえお参りはできんでも、お家でおっても、家の御神前ででも、その事を繰り返し繰り返し願わして頂くということが総代としての務めじゃなかろうか。ね。ただ自分のことばっかり。( ? )こつばっかりではいかんじゃないのと。そこに信心の進展があるわけ。ね。
おかげで、これだけは人の事が、他人の事が真剣に祈れれるようになったということ。もちろん豊かな心にならなければできることじゃない。願えと言われて願っただけじゃいかん。豊かな心をまず願わにゃいかん。ね。
無常の風が時を嫌わす道。金光大神の道はそういう道。金光大神の道は家繁盛子孫繁盛の道を教えて下さる道なのだ。だから、その道を体得せずに、行ぜずして、もし繁盛したところで、それは先ほどから申しますように、その繁盛が必ず身を食う。ね。やはりおかげ頂いとっとですばい、お願いしておかげ頂いて。
けれどもね、道を行じずして、道の体得をせずしといて、繁盛したのは、その繁盛はです、ちょうどそれは、学が身を食うように、繁盛が身を食う。健康が身を食う。おかげで、ね、無い命が助かった、といかに言うても、その助かった命がです、道を行じて頂けてきたものでないかぎりです、いわゆる子孫繁盛には繋がらんのでございます。どうぞ。
明渡 孝